町山智浩の言霊USA 第762回 2025/03/15

Oval Office Ambush(大統領執務室の待ち伏せ)

「ガザを所有してパレスチナ人を追い出して高級リゾートにする!」とトランプが宣言する姿がテレビで放送された時も、聴き間違いかと思ったが現実だった。

 ゼレンスキー大統領のことを「彼は独裁者だ」とトランプがSNSに書き込んだ時も、見間違いかと思ったが現実だった。

 アメリカが今までウクライナにしてきた支援の返済としてウクライナの鉱物資源(こうぶつしげん)の半分を寄越せ、とトランプが要求した時も、ジョークかと思ったが現実だった。

 トランプが王冠をかぶった肖像画がネットで流れて来た時は、トランピストはここまで狂信的なのか、と呆れたが、ホワイトハウス公式Xからだった。だからトランプがガザを所有して高層ホテルやカジノや黄金のトランプ像を建てるAI動画が流れて来た時、嫌な予感がした。やはり、トランプが自分でSNSで拡散させた動画だった。

 5万人のガザ市民を殺害したイスラエルのネタニヤフ首相がトランプと並んでプールサイドのデッキチェアで日光浴している。イーロン・マスクが貧しいパレスチナ人の子どもに札びらをバラ撒いている。そして、セクシーな美女だが顔は髭モジャのアラブ人がベリーダンスをしている。こんなにガザの人々を愚弄(ぐろう)したものを大統領自ら拡散させるなんて……。

 2月24日、国連でロシアのウクライナ侵攻を批難し、即時撤退を求める決議にアメリカは反対票を投じた! 他に反対したのはロシアや北朝鮮など。アメリカは自由主義諸国のリーダーをやめるのか。誰かとめて!

 動いたのはフランスのマクロン大統領だった。その日のうちに、マクロンはウクライナへの支援続行をトランプに説得しに来た。

 記者団の前に2人並んで座ると、トランプが話し始めた。「ウクライナはヨーロッパ諸国から貸付の形で援助を受けており、いずれヨーロッパは返済を受ける」と。

「そんなことはありません」

 マクロンがトランプの手を押さえて発言を止めた。「貸し付けたわけではありません。我々は6割は無償で援助したんです」

 トランプはきょとんとしている。見返りを求めない援助ということが理解できない。だからアメリカが途上国を支援する機関USAID(米国国際開発庁)を潰そうとするわけだ。

 ダメ押しで、2月27日には英国のキール・スターマー首相もトランプを訪問。するとトランプは「我々はウクライナに支援した金を返してもらってない」と言い始めた。

「ヨーロッパの支援はほとんどが贈与(ぞうよ)なんですよ」スターマーは優しく諭した。おじいちゃん、数日前にマクロンにも同じこと言われたでしょ!

「まだゼレンスキー大統領を独裁者だと思ってますか?」という記者の質問にトランプは「私がそんなことを言ったのか?」と聞き返した。「そんなことを言ったなんて信じられんな。はい、次の質問!」

 しらを切ってるのかボケてるのか。でも、これで翌日のゼレンスキー大統領との会談に少し希望が見えて来た。トランプはプーチン寄りを撤回して、ウクライナ支援に回るかもしれない。

 ホワイトハウスにゼレンスキーはいつものように胸にウクライナの国章が刺繍されたスウェットで現れた。それは戦場で兵士が着る服で、ゼレンスキーは戦争が終わるまで平時のようなスーツは着ないと誓っている。

 会談ではトランプの隣に座ったJDヴァンス副大統領が、ゼレンスキーにプーチンとの外交努力を求めたが、ゼレンスキーはプーチンとの外交で裏切られてきた経験を語った。「プーチンとは今までも何度も話し合い、停戦合意に署名したが、彼は停戦合意を破り、ウクライナ国民を殺した。捕虜(ほりょ)交換にも署名したが、実行しなかった。(こんなに信用できないプーチンを相手に)JD、あなたはどんな外交を私に求めているのか?」

「失礼」「感謝が足りない」

 語気は強かったが、当然の反論だ。ところがヴァンスは「アメリカ大統領執務室で、メディアの前でそれを訴えるのは失礼だ」と言い出した。え? プーチンを批判したら失礼なの?

 さらにヴァンスは「この紛争を終わらせようとしている(トランプ)大統領に感謝すべきだ」とゼレンスキーを責めた。しかし、トランプの停戦案はウクライナの国土をロシアに明け渡すこと。そんなの感謝できるか。ちなみにゼレンスキーはアメリカの支援については過去33回も感謝している。

 ところが、この「失礼」「感謝が足りない」が引き金になり、トランプとヴァンスの2人でゼレンスキーを怒鳴りつける展開になった。

 記者までが加担した。「ゼレンスキー大統領はスーツをお持ちでないんですか?」

 にやにやと質問した記者はトランプの太鼓持ちとして悪名高いブライアン・グレン。

「戦争が終わったら着るつもりですよ」とゼレンスキーは答えたが、これがネットでは「ゼレンスキーがスーツを着ないのはトランプ大統領を尊敬してないからだ!」と炎上。ゼレンスキーはバイデンと会談した時も着てないよ! それにいつもTシャツに野球帽でホワイトハウスをうろうろしてるイーロン・マスクにも言えよ!

 予定されていた共同記者会見は中止。ゼレンスキーはホワイトハウスを追い出された。会談は決裂。ウクライナはアメリカの支援なしでロシアと戦うことになる。プーチンは大喜びしてるだろう。

 この会談をMSNBCなどのメディアはOval Office Ambush(大統領執務室の待ち伏せ)と表現。ヴァンスの「失礼」批判は会話の流れから逸脱しており、最初からホワイトハウスはゼレンスキーを手ぶらで追い返すつもりだったのではないか、と。