町山智浩の言霊USA 第764回 2025/03/29

It's insulting that you are trying to test my knowledge of economics.(私の経済知識を試すのは侮辱(ぶじょく)です)byカロライン・レヴィット(ホワイトハウス報道官)

 カナダやメキシコからの輸入品に25%の関税をとトランプ大統領が言い出してから、アメリカの株価が落ち続けている。

「景気後退の可能性はありますか?」

 3月9日、政権べったりのテレビ局FOXニュースで記者にそう尋ねられたトランプは「今は移行期間だ。少し時間がかかる」と答えた。景気後退を覚悟しろと?

 その数時間後、記者団の囲み取材でトランプは楽観的にこう言った。

「アメリカは輸入品にかける関税で何千億ドルも儲かる(もうかる)。何に使うか迷うほどの額だぞ」

 これはとんでもない勘違いだ。FOXのキャスター、ブレット・ベイヤーもこう説明している。

「アメリカ政府が輸入品に関税をかけた場合、それを払うのは相手国ではなく、アメリカ国内の輸入業者で、そのコストは価格に転嫁(てんか)され、アメリカの消費者が払うことになります」

 カナダからの石油や天然ガス、材木(ざいもく)に関税がかかれば、アメリカのあらゆる業者のコストが上がり、物価が上がり、インフレになる。また企業はコスト削減(さくげん)のため、雇用(こよう)を減らす。関税は自己経済制裁だ。そして関税は報復関税を呼び、関税戦争につながる。自由貿易がウィンウィンなら、関税戦争はルーズルーズ。勝者はいない。

 週明けの3月10日、アメリカの株式市場は急落した。しかし驚いたことにトランプはさらに、カナダからの鉄鋼(てっこう)やアルミニウムへの輸入関税を2倍の50%に上げると発表。株価はまた下がった。

 3月11日のホワイトハウス記者会見でカロライン・レヴィット報道官はトランプの関税政策を必死に弁護する羽目になった。

「もっと高い関税をかけている国もあります。日本がお米にかけている輸入関税は700%ですよ!」

 たしかに日本は輸入米に1キロあたり341円、778%の関税を乗せている。が、その量はアメリカからは137トン。それ以外に無関税でアメリカから34万トン以上も輸入しているのに、レヴィットはその事実を隠した。

 レヴィットは27歳で任命された史上最年少のホワイトハウス報道官。女子高校生みたいな見た目だが、2年前に32歳年上の不動産業者と結婚して一児の母。第一次トランプ政権の研修生から大抜擢(だいばってき)された。そしてトランプ同様、彼女の発言は支離滅裂(しりめつれつ)だ。

 トランプは就任してすぐメキシコ湾を「アメリカ湾」と呼ぶ大統領令に署名した。しかしAP通信は「メキシコ湾」表記を続けたので、ホワイトハウス出入り禁止になった。その理由をレヴィット報道官は「その海域がアメリカ湾と呼ばれているのは事実ですから」と説明。そんなのトランプが言い出すまでは誰も呼んでないよ!

 この出禁(できん)にAPは提訴中(ていそちゅう)なのでまだ記者会見にいる。APのジョシュ・ボーク記者が「トランプ大統領は減税を公約にしていたにもかかわらず、なぜ関税によって増税するんですか?」と質問。

「関税はアメリカを騙し続けていた相手国に対する増税ですよ」とレヴィット報道官は答えた。カナダやメキシコは別に騙した事実は無く、貿易協定を順守(じゅんしゅ)していただけだが。

「あなたは関税払ったことあります?」ボーク記者がレヴィット報道官に尋ねた。「僕はありますよ。関税を払うのは輸入した側です」

 レヴィットはキレた。「そうやって私の経済知識や大統領の決定を試すのは侮辱です!」

 ……さらに別の記者からこんな質問。

「トランプ政権はカナダをまだ同盟国だと思っているんですか?」

「アメリカの51番目の州になればカナダ人にも恩恵がありますよ」

 レヴィットの答えは答えになってない。でも、これこそがトランプ政権の目的なのだ。

世界を巻き込む「チキンゲーム」

 トランプの関税政策は、トランプの首席エコノミスト、スティーヴン・ミランの方針に基づいている。彼は、トランプから経済諮問委員会(CEA)委員長に指名され、その承認の公聴会で「関税を、外国との交渉の武器に使う」と語っているのだ。たとえば、メキシコに関税をかけるぞと脅しをかけて国境の警備を強化させたり、カナダに併合(へいごう)を迫ったり。

 もし貿易戦争になったら? ミランは昨年11月に発表した報告書で、アメリカなら勝てると主張している。「アメリカは世界にとって最も大きな消費者人口を抱えており、他の国よりも報復関税合戦の激化に耐えやすく、チキンゲームに勝つ可能性が高い」

 どっちが先に折れるかのチキンゲームの賭けにアメリカ国民、いや世界を巻き込むの?

 また、ミランは高関税下でも経済が成長する例として、平均輸入関税が30%を超えていたウィリアム・マッキンリー大統領の時代を挙げている。トランプは選挙期間中から繰り返し、マッキンリーを目標に掲げている。

「マッキンリーは関税の強力な信奉者だった。その頃、アメリカは歴史上どの時代よりも豊かだった」

 トランプは就任してすぐにアメリカ最高峰のデナリ山(先住民の呼称)を旧称のマッキンリー山に戻す大統領令に署名した(デナリはアメリカ建国前からデナリだったが)。

 関税主義者のマッキンリーは領土拡張主義者でもあった。彼は米西戦争でプエルトリコなどをスペインから奪い取り、その間にはハワイをアメリカに併合してもいる。カナダを併合しようとしているトランプがマッキンリーに憧れるのもわかる。

 ただ、マッキンリーは職を失った労働者に撃たれて死んだけどね。