町山智浩の言霊USA 第767回 2025/04/19

He just dropped a nuclear bomb on the global trading system.(トランプは世界の貿易システムに核爆弾を投下した)

 4月2日、ドナルド・トランプ大統領はホワイトハウスのバラ園で「解放記念日」を宣言した。解放って、何から?

「アメリカをレイプしてきた外国製品からの解放」だそうな。そう言って何やら大きなパネルを取り出した。各国からの輸入品にかける関税率のリストだった。

「すべての輸入品に基本関税10%をかける。“最悪の違反者”には、もっと高い関税率を適用する」とトランプは言う。トランプがいう「違反者」のトップは中国で、現行の20%に今回の34%の関税を上乗せすると54%! 台湾には32%、インドには26%、EUには20%、アメリカに忠実な日本にはなぜか24%! この数字はどこから来るの?

 トランプはこれは「相互」関税だという。つまり各国がアメリカ製品にかけている関税率などへの報復として、その半分の関税率をかけるという。その表を見ると日本がアメリカ製品にかけている関税率は46%……そんなの聞いたことないよ!

 実はこれ、関税率でも何でもなく、アメリカの各国に対する貿易赤字額を対米輸出額で割り、それを2で割った数字なのだ! 経済ジャーナリストのジェームズ・スロウィッキがそれを発見した。「相互関税」ってウソじゃん! 何が「違反者」だよ!

 だから、アメリカ製品が買えない貧しい国ほど関税率が高い。アメリカへの衣類輸出に依存しているバングラデシュに37%、震災で苦しむミャンマーにも44%、マダガスカル47%、カンボジア49%、トランプが「誰も聞いたことがない」とバカにしたアフリカ南部のレソト(輸出品はダイヤ)に50%。これではただの弱い者イジメだ。

「トランプは世界の貿易システムに核爆弾を投下した」国際通貨基金(IMF)元チーフエコノミスト、ケン・ロゴフはBBCテレビでそう言った。投資銀行JPモルガンはこの関税導入で世界的な景気後退が始まる可能性は60%と予想した。

 翌日、全世界の株価が下落した。コロナ以来最大の下げ幅だった。

 いちばん被害が大きいのは、なんとアメリカ。関税を払うのは外国ではなく、アメリカの輸入業者だから。企業はコスト高に苦しむだろう。この関税の目的をトランプは「製造業の国内回帰」と言ってるけど、どんな製造業にも材料が必要で、それは全部米国内で手に入るとは限らない。

 アメリカの主要株価指数は6%下げ、1日で約3兆ドルの時価総額を失った。海外に製造拠点を置くアップルの株価は8.5%下落し、2550億ドルが吹き飛んだ。自動車メーカーのステランティス(旧クライスラーを傘下に持つ)は従業員900人を一時解雇すると発表した。

 世界各国も反撃に出始めた。フランスのマクロン大統領によると、EUはアメリカのハイテク企業に対する報復措置を検討中。25%の関税を課せられたカナダのマーク・カーニー首相は25%の関税で報復するという。

 対してトランプ政権のベッセント財務長官は「報復措置を控えるよう」呼びかけた。報復すればトランプはもっと高い関税を課すだろうと。一方的に関税を上げておいて勝手な言い草だ。このままだと世界は関税戦争に突入する。

「アメリカの各世帯は年間5000ドルの負担増になる」

 ミシガン大学のジャスティン・ウォルファーズ教授は、企業がコストを価格に転嫁するため、庶民の生活費は6%上昇すると予想。

 トランプはこの関税で6兆ドル以上を得ると期待しているが、それを払うのはアメリカ国民。この関税で得た金はトランプが公約している大減税にあてられるといわれる。クリントン政権の労働長官だった経済学者ロバート・ライシュは、「物価高と富裕層への減税で、アメリカの貧富の格差はますます悪化する」と言う。

AIが作った関税率リスト  同3日、株価急落について記者団に聞かれたトランプは「そうなるだろうと思った」としれっと答えた。「これは手術のようなものだ。最終的には株価は上昇し、景気はよくなるはずだ」そう言ってトランプはゴルフのためフロリダに飛んでしまった。

 トランプの目論見は外れるだろう。彼はアメリカの貿易赤字の意味がわかってないからだ。

 アメリカの貿易赤字が増加したのは80年代、製造業を海外に移してからだ。アメリカの経済の中心は金融やハイテク産業に移行し、世界から投資を集め、今やグローバル経済のトップに君臨している。もちろん製造業を発展途上国に回すことで彼らの貧困も救ってきた。それをトランプは破壊しようというのだ。発展途上国の仕事を奪い、アメリカの最低賃金でバカ高いシャツを作っても、アメリカ経済も世界経済も衰退するだけだ。

 そうなってもトランプは何の責任も取りはしないだろう、と、ニューヨークタイムズ紙のビンヤミン・アペルバウムは言う。「彼は自分が作った混乱を他人に片付けさせてきた人なのだ」

 トランプの暴走を止めるため、連邦議会の上下院はやっと動きだした。まず民主党議員によるカナダへの関税撤回法案に、今までトランプの言いなりだった共和党議員も賛成票を投じて可決。続いて、大統領が関税をかける場合、議会への説明と承認を義務づける法案が提出された。だが、どちらもトランプが拒否権を発動するはず……。

 そもそもトランプの関税率リストは雑すぎる。AIで適当に作ったらしく、南インド洋の南極近くの無人島2島が含まれていた。そこにはアザラシやペンギンしか住んでない。ペンギン村が何を輸出するの?

 すると10日、前日に発動したばかりのこの関税の一部を90日間停止するという速報が飛び込んできた……その後、どうなりましたか?