町山智浩の言霊USA Special 2024/11/13

《アメリカ現地ルポ》トランプ再選で始まる「シビル・ウォ―」

 アメリカはなぜトランプを再び大統領に選んだのか。独裁者への道をひらく「プロジェクト2025」とは。熱狂と落胆、憎悪と恐怖で分断され、“内戦”が現実化しつつあるアメリカの深層を町山智浩氏が現地から緊急レポート!

 ドナルド・トランプ前大統領はカマラ・ハリス副大統領がアメリカ史上初の女性大統領になるのを阻止(そし)した。ヒラリー・クリントンに続いて2度目だ。

 さらにトランプはクリーブランド大統領に続いて2人目の、一度下野(げや)して返り咲いた大統領になった。史上初の刑事事件で起訴されたまま当選した大統領になった。民事裁判で性的暴行犯と認定されて再選された大統領になった。議会襲撃を扇動して警察官を死なせたのに再選された大統領になった。

勝利宣言トランプ.png

 そんな彼をアメリカはなぜ選んだのか? そして彼はこれから何をするのか?

 なぜ選んだのか? といっても、トランプの勝利は最後まで誰も予想できなかった。何しろ投票日10日前に「これで当選の目はなくなった」とさえ言われたのだから。

 10月27日、トランプがニューヨークにあるマジソン・スクエア・ガーデンで開いた支援集会。それは差別と憎悪(の式典だった。

「前説芸人」のトニー・ヒンチクリフがこう言った。「プエルトリコは海に浮かんだゴミだね」

 ヒンチクリフは全米に600万人もいるプエルトリコ系の有権者を敵に回した。

 ネット政治番組の司会者タッカー・カールソンはハリスを「サモア系でマレーシア系」と呼んだ。彼女の父はアフリカにルーツを持つジャマイカ系で母はインド系だ。

敗北表明するハリス.png

 カールソンはハリスを「IQが低い」とも言った。この「カマラはIQが低い」というのはトランプの口癖(くちぐせ)でもあるが、ハリスは名門ハワード大学出身の元検察官。

 トランプの幼なじみというデービッド・レムという男性は、ハリスを「反キリスト」や「悪魔」と呼びながら十字架を振り回すエクソシスト(The Exorcist)ごっこをした。

 X(旧ツイッター)を所有する世界一の大富豪イーロン・マスクも登場した。

マッチョ指向(しこう)の男たちが集まって…

 トランプが当選した際に要職を約束されているイーロンは、毎日抽選で一人に100万ドルの賞金を配って有権者を集めていた。トランプのためのCMも作ってTV放送しているが、それは「カマラ・ハリスはCワード」という内容で、Cワードとは共産主義者を意味しながら、さらに頭文字しか言えない言葉、女性器を指す。「嫌な女」を意味する、女性に対する最も下品で差別的な言葉だ。イーロンは壇上で「ウォー」と叫んで両腕で力こぶを作るポーズをした。その日の登壇者の一人、ハルク・ホーガンをマネたのだろう。

雄叫びを上げるイーロン・マスク.png

 この集会の登壇者の8割は男性だった。マッチョ志向の男たちが集まって女性や少数民族の悪口を言うこのイベントはテレビで全米に生中継された。それは同じマジソン・スクエア・ガーデンで1939年に開かれたドイツ系アメリカ人の集会を思い出させた。ヒットラーとナチスを賞賛したことで悪名高いイベントのことだ。

 そしてトランプは「アメリカは移民に侵略されている」といつものように恐怖を煽った。ハリスとのテレビ討論会で「不法移民が犬や猫を食べている」と主張した。差別的なデマだと指摘されたが、謝罪するどころかさらに過激化した。「移民がアメリカ人を殺している!」地獄の底から鳴り響くようなダミ声(guttural voice)でうなった。「そんな移民は死刑にする」

 このイベントに怒ったのはプエルトリコ系のハリウッド女優ジェニファー・ロペス。4日後にラスベガスで行われたハリスの集会で、「プエルトリコはゴミ」発言について「プエルトリコ系だけでなく、すべてのラテン系アメリカ人に対する侮辱(ぶじょく)です」と涙ながらに訴えた。

涙ながらに訴えるジェニファー・ロペス.png

 これでトランプは全米で6500万人のラテン系アメリカ人の支持を失った。

 そう思われたのだが……。

 今回の決戦場はペンシルヴェニアだった。アメリカの50州は、大都市がある東海岸と西海岸の州は常に民主党が強く、また中央部や南部は常に共和党が強いので、大統領選挙ではどちらに転ぶかわからない接戦州の奪い合いになる。なかでも最大の接戦州ペンシルヴェニアを制した者が選挙を制する(せいする)と言われていた。

 そこでトランプとハリス両候補は投票日前日の月曜日、ラストスパートでペンシルヴェニアを飛び回って遊説した。というわけで自分もペンシルヴェニアの空気を感じるために州2番目の大都市ピッツバーグに行ってみた。

ペンシルヴェニアを訪れた町山氏.png

 紅葉(もみじ、こうよう)の美しい森に囲まれた街ピッツバーグ周辺はかつて製鉄と石炭で栄えた。だが70年代頃から日本製の安い鉄鋼に押されて廃れ(すたれ)、いわゆるラストベルト(さびついた工業地帯)になった。ハリスの支援集会はそんな製鉄所のまさに錆びついた工場跡地(こうじょうあとち)で開かれた。

 会場を埋め尽くした2万人は主に女性。それも20〜30代前後の女性が多かった。ゲストが2010年代のポップスター、ケイティ・ペリーだったから? いや、初の女性大統領の誕生を求め、人工中絶の権利を守るためだ。

 トランプが任期中に最高裁判事3人を任命し、9人中6人が保守派となった最高裁は「連邦政府は中絶の権利を守らない」と判決した。それで全米の共和党が強い州では中絶を違法とした。これでもしトランプが再選されれば連邦規模で中絶が禁止になるかもしれない。

 とはいえ、集まった女性たちはみんな明るく元気で、DJが次から次にかけるポップヒットにあわせて歌ったり踊ったり、政治集会というより「フェス( festival)」のようだった。

窓に板が打ち付けられたワシントン

 登場したハリスもずっと満面の笑みで「恐怖と分断を煽る混沌を終わらせ、次のペー ジに進みましょう」と呼びかけた。

 それはトランプのスローガン「アメリカをもう一度グレートに」に対するアンチテーゼ(antithesis)だ。ハリスと2万の支持者たちは「もう後戻りはしない」と合唱(がっしょう)した。それは1973年に勝ち取った中絶の権利が50年目に奪われたことへの怒りだ。

 いっぽう、トランプの集会は収容人数1万5000人のアイスホッケー場で行われたが、客席には空席が混じった。トランプはいつものようにグチグチと不法移民の話をした。その愚痴は1時間も続き、同じことを何回も言った。やはり途中で退席する支持者も多かった。

 ピッツバーグだけでなく、投票日が近付くにつれてトランプの集会はどこでも動員が落ちていた。どんよりと暗い演説が飽きられたのかもしれない。自分はトランプの集会を2016年から6回も取材してきたが、昔は演説がもっとエネルギッシュ( energetic )で、聴衆も熱気に満ちていた。

 ハリスはその後、ペンシルヴェニア州最大の都市フィラデルフィアでレディー・ガガと共に選挙戦の最後を締めくくった。独立宣言が発せられた街にビヨンセが歌うハリスの応援ソング「フリーダム」が鳴り響き、にこやかに手を振るハリスの姿には勝者の風格があった。

 トランプの最終演説は接戦州のひとつミシガンだった。彼は議会襲撃で自分を弾劾(だんがい)しようとしたナンシー・ペロシ下院議長への恨みごとをつぶやいた。「ナンシーは邪悪(じゃあく)だ……狂ったビッチだ……」

 これが大統領選を締めくくる言葉だろうか。

 最後の世論調査が発表された。接戦州はどこもタイだが、共和党が強いはずのアイオワ州でハリス優勢との報道。もしアイオワを取り、ノース・カロライナを取れば、ペンシルヴェニアの結果を待たずにハリスの勝利が決まるかもしれなかった。

 翌朝の投票日、自分はペンシルヴェニアから首都ワシントンDCに入った。そこにあるハリスの母校ハワード大学で開票速報のウォッチパーティがあるからだ。ハワード大出身者初の大統領が生まれる瞬間を見るため、開票前から学生たちが集まっていた。

 もしトランプが負けた場合、支持者が暴動を起こす可能性があるということで、ワシントンのレストランやブティックの窓には割られないように板が打ち付けられていた。

 日が落ちて、東海岸から開票が始まった。

 アイオワはやはりトランプだった。ノース・カロライナも、ミシガンも、そしてペンシルヴェニアも。

 トランプは接戦州すべてを取る圧勝だった。世論調査から予想されたような接戦にもならなかった。ハリスが勝った州でも得票数はジョー・バイデンより少なかった。

 ハワード大学で史上初の黒人女性の大統領の勝利宣言を見るために集まっていた学生たちは、肩を落として解散した。

 世論調査は、2016年にも外れた。クリントン優勢とされたが、ふたを開けるとトランプに投票した者たちが多かった。世論調査に答えなかった、いわゆる「隠れトランプ」だ。今回もそれが起こったわけだ。

 問題は2020年にバイデンに投票した人たちが今回、トランプに入れたこと。アンケートによると有権者の最大の関心事は「経済」だった。現在、失業率は低く、賃金も株価もゆるやかながら上昇しているが、インフレはそれ以上に有権者に不満を与えている。日曜日にスーパーで食料品を買えば軽く100ドルを超えるのだから。

何がトランプを圧勝させた?

「民主社会主義者」を自任するバーニー・サンダースはハリスの選挙キャンペーンについて、かなり初期の段階でインフレ対策の具体案を出すべきだとアドバイスしていた。しかし彼女にはそれができなかった。現在もバイデン政権の一員なのだから、もっといい政策があるならすぐにやればいいからだ。

 トランプがどんなに差別的でも、もっと大事なのは自分の財布だと思った有権者が多かったのだ。

「トランプ勝利」の旗を掲げる支持者.png

 ラティーノのトランプへの票も伸びた。「プエルトリコはゴミ」と言われたのに。また、アフリカ系なのに同じアフリカ系のハリスではなくトランプに投票した人も増えた。

 アメリカを分断するのは人種や民族ではなかった。貧富の差だった。ハリスに投票した人は中流以上の大卒が多く、トランプに投票した人は中流以下の非大卒が多かった。彼らはエリートで美しいレトリックで話すハリスを仲間と思えなかった。大富豪だが下品で、わかりやすい言葉使いで話すトランプのほうに親しみを感じたのだ。

 そして、もうひとつの分断は男と女の間にあった。全体で女性の過半数はハリスに投票し、男性の過半数はトランプに投票した。ラティーノ男性の過半数、アフリカ系男性の2割もトランプに投票した。彼らは女性よりも性的暴行犯を選んだ。アメリカに女性大統領が生まれるのはいつのことだろう。

 再び大統領になったトランプは何をするのか?

「アメリカ第一主義」のトランプが再選されて最も恐怖しているのはウクライナだ。トランプはウクライナへの支援を停止すると主張していて、さらにロシアに対する経済制裁も解除すると言っている。そうなるとロシアは難なく(なんなく)ウクライナを占領するだろう。

 また、ガザ問題についてトランプは「ネタニヤフに仕事を完遂させる」と言っており、それはつまりイスラエルにガザを完全に支配させるということだろう。

 トランプはNATO(北大西洋条約機構)諸国に対して、相応(そうおう)の費用を負担しないなら「ロシアに好き放題させる」と語っており、パックスアメリカーナという安全保障体制がいっきに不安定化するだろう。

Pax Americana has come to describe the military and economic position of the United States relative to other nations.

 そうなれば日本も安全ではない。中国はロシアを経済的に支援しており、北朝鮮はロシアを助けて戦地に派兵しており、ロシア、北朝鮮は同盟を強化している。しかしトランプは、在日米軍の費用を日本がもっと負担しなければ撤退するとすら言っている。

 アメリカ国内においては、まず、国内の不法移民1100万人を逮捕して国外追放するという。実は彼らは「不法」というよりも難民申請中なだけで、常に政府に監視されながら就労許可を得ている。彼らの最低賃金労働はアメリカの農業を支えている。経済系通信社ブルームバーグの試算によれば、これらの移民がすべて消えると彼らの労働力が失われ、GDPで8%の損失となるという。

三権分立の上に立つ独裁者に?

 経済政策においては、輸入品に10〜20%以上の関税をかけると公約している。関税を負担するのは相手国ではなく輸入業者なので、関税は値段に反映され、さらにインフレを増長するだろう。

 そして、トランプははっきり「報復」を誓っている。

 トランプは34件の罪で有罪となり、その他にも恐喝(きょうかつ)などの刑事事件で起訴されているが、大統領になったら逆に彼を起訴した検察官などを起訴すると宣言している。また、2020年の選挙で負けたのは「民主党に票を盗まれたからだ」と主張し続けていて、その罪でバイデンも起訴すると言っている。

 そんなバカなことを可能にするのが「プロジェクト2025」だ。これはトランプの元閣僚たちが作成したトランプ新政権の計画書で、それによると政府官僚のうち5万人の民主党支持者をトランプに忠誠を誓う者と入れ替える。司法省からも自分に敵対的な職員を追放する。既に最高裁判事は支配し、議会の上下院も共和党が支配した今、トランプは司法と立法と行政、三権分立の上に立つ、やりたい放題の独裁者になる。任期を延長するのなんて簡単だ。

 何よりも恐ろしいのはトランプが「国内の敵を軍で制圧する」とも言っていることだ。先ごろ公開された映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、大統領が任期を延長し、反対する国民を軍で攻撃したことがきっかけで内戦に突入していた。それはもう絵空事(えそらごと)ではない。