THIS WEEK「国際」 名越 健郎 2024/02/08

ウ軍総司令官が博論で「解任」ゼレンスキーが恐れる政界進出

 2月2日、米メディアは、ゼレンスキー大統領が、ウクライナ軍のザルジニー総司令官を更迭すると報じた。ザルジニーは、ロシアの侵略軍と戦う抵抗のシンボルだっただけに、軍や社会の動揺(どうよう)を招きそうだ。

 両者の対立は、昨年はじまった反転攻勢が、難航していることが大きな原因とされる。しかし、ゼレンスキーがザルジニーへの不信感を高めた理由は、他にもあるようだ。

 ザルジニーは、昨年夏、国立オデッサ大学大学院にある博士論文を提出していた。論文のテーマは軍の規律違反や懲罰規定というもので、審査を経て博士号授与(じゅよ)が決まった。

 この行動に、大統領周辺は怒りを隠さない。ある女性国会議員は、「反転攻勢のさなかに軍を束ねる(たばねる)総司令官が、よりによって軍人への懲罰に関する博士論文を書いた」と公然と批判する事態となったのだ。

よりによって 【選りに選って】(連語) 相手の選択のまずさを非難する語。他にもっとよい選び方がいくらでもありそうなのに。「―一番粗悪なものを選ぶとは」

 ザルジニーは「以前から準備し、たまたまこの時期に提出した」と弁解しているが、タイミングは狙いすましたかのようだ。というのも、当初は、2024年の春にもウクライナは大統領選挙が予定されていたためだ(戒厳令下のため延期される可能性が高い)。

 世論調査(昨年末公表)では、ザルジニーの支持率は88%で、ゼレンスキーの62%を上回っている。

 ゼレンスキー陣営は、国民的人気の高いザルジニーが、博士号取得で箔(はく)をつけ大統領の座を狙っているのでは、と危機感を露わにしているのである。

大統領を超える人気のザルジニー総司令官 ザルジニー総司令官.png

 昨秋、ゼレンスキーとザルジニーの対立は、戦争方針を巡っても表面化した。ザルジニーは、新たに40万人以上の動員を提案したが、国民の批判を恐れるゼレンスキーは資金がないとして拒否した。ザルジニーは反発し、英誌に「戦況は膠着状態(こうちゃくじょうたい)で、消耗戦(しょうこうせん)だ」と寄稿。それに対し、ゼレンスキーは「そうは思わない」と再反論するなど、対立は誰の目にも明らかだ。

 ウクライナメディアによれば、ゼレンスキーは1月末、ザルジニーに解任の方針を告げ、駐英大使か安全保障局長官のポストを打診したが、拒否されたという。

 人気のあるザルジニーを解任すれば、軍からの反発は必至(ひっし)だ。政府内は不安定となり、西側諸国の懸念が強まる可能性も高い。

 後任には、シルスキー陸軍司令官とブダノフ国防省情報総局長の名前が上がるが、シルスキーは時代遅れの「ソ連軍型指揮官」と揶揄される人物。ブダノフはドローンを使った特殊作戦は得意でも一般の軍事作戦の指揮には不安がある。今後の戦局を左右する事態に発展するのは間違いない。